こんにちは、ウシジマです。

今回は「「君の名は。」の巡礼についてビジネスマンが思うこと。」というテーマで話しをしていきたいと思います。

巡礼という宗教的儀式。

日本で「巡礼」といえば「四国のお遍路さん」が有名です。

弘法大師ゆかりの地「四国八十八ヶ所」を回る「お遍路」。

古代から、都から遠く離れた四国は辺地(へじ・へぢ)と呼ばれていた。平安時代頃には修験者の修行の道であり、讃岐国に生まれた若き日の空海もその一人であったといわれている。空海の入定後、修行僧らが大師の足跡を辿って遍歴の旅を始めた。これが四国遍路の原型とされる。時代が経つにつれ、空海ゆかりの地に加え、修験道の修行地や足摺岬のような補陀洛渡海の出発点となった地などが加わり、四国全体を修行の場とみなすような修行を、修行僧や修験者が実行した。

古来は空海ゆかりの地、そこから徐々に形を変え、上の地図のような現在の形に落ち着いた、とのことです。

これって、すっごい似てないですか?

「君の名は。」の「巡礼」と。

キリスト教にもこういった「儀式」のようなものが有ります。

どの宗教にも似たような「巡礼」があるんですね。

「巡礼」と言う生得的な行動

何故人は「巡礼」をするのかということを考えてみたときに、私が思うのは、これって「学習行動の一貫」なのことではないかなーと思うのです。

例えば学校のカリキュラム。

ある程度の大学で研究活動をした人がある方はわかると思うのですが、大学、大学院ぐらいのクラスになってくると、その教授独自の教育論のようなものが存在します。

その教授がどのように学んできたのか、そして生きてきたのかという「人生のエッセンス」のようなものが詰まっている独自の教育方法のようなものがあるのです。

運がいい人の多くの人は大学、大学院生ぐらいでこういった経験をするのではないかと思います。

寝て食ってお風呂に入る時以外はひたすら「それだけ」に時間を費やしなさい。

クラシック音楽の世界であれ、スポーツの世界であれ、学問の世界であれ、「どの世界のプロも同じことを言っている」のです。

で、そんな彼らをつぶさに観察するという行為は、割りと受けが良かったりするんですよ。

例えばドキュメンタリー番組。

これってまさに「成功者の足跡をたどる行為」ですよね。

「バーチャルな巡礼」なわけです。

彼らが積み上げてきたもの、彼らが悩んできたこと、彼らが超えてきた困難などを、共有することによって少しでも「すごい人達に近づける」のではないか、という、人間の習性のようなものがあるということです。

事実として「お遍路をする人たち」は多くの場合「現世利益」を求めて「四国の八十八ヶ所」を回ります。

  • 難病を抱えている人
  • 人間関係で悩みがある人
  • 人生に疲れた人
  • 合格祈願

「弘法大師」という「凡人では決して手の届かない偉大な人間」の足跡を辿ることによって、「その能力の一部でも自分に宿れば自分の悩みや願い」が叶うのではないか、ということです。

「欲求の依代」となっているものが「巡礼」という「宗教的な行為」であるということです。

「君の名は。」に於ける巡礼と言う行為

そのように巡礼と言う行為を捉えてみると、「君の名は。」と言うストーリーが持つすごさのようなものが分かるのではないかと思います。

  • 入れ替わる体
  • タイムスリップするストーリー
  • 時を越える恋
  • ふとした瞬間に結ばれた二人

多くの人に多くの学びを与えたヒット作なわけです。

当然、そんな「絶大な影響力を持つストーリー」が「どのように生まれたのか」を知りたくなるのが「人情」というものでしょう。

「自分の心をこんなにも揺さぶる存在がどのようにして生まれてきたのか」ということを知りたいのです。

その「探究心こそが人を巡礼に駆り立てる」というわけです。

別に「君の名は。」だけではありません。

スターウォーズでも似たようなことが行われていますし、ハリーポッターに至ってはそれ専門のテーマパークまで作られているでしょう。

イチローだって記念館が建っているはずです。

自分が凄いと思う人物がどのようにしてすごくなったのかということを知りたくなるのが人の心と言うものなのです。

これこそが「学習」と言う行為です。

野球であれ、映画であれ、学問であれ、「心の底からすごい人」に出会った時、人はその人がどんな人生を歩んできたか猛烈に知りたくなるのです。

それこそが「知的欲求の源泉」であり、「学びのタイミング」です。

そんな「出会い」を重ねていくことが「一番重要」なのではないかなーと思いますよ。