こんにちは、ウシジマです。

今回は仕事が辞められない方に向けた記事になります。

仕事柄、脱サラをする人を見ることが私は多いのですが、意外と仕事を辞められない方って多いんですね。

別に脱サラするしないにかかわらず、転職したいけど辞めるのが怖くて転職できないという方も大勢います。

今日はそんな方に向けた記事になります。

 法律で権利が保証されているからと言って人は自由に決断できない。

小学校の時に習ったかもしれませんが退職の自由(職業選択の自由)と言うのは、日本では憲法でその権利が保証されています。

何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%AC%AC18%E6%9D%A1

18条ってやつですね。

で、こっちが22条。

①何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。②何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%AC%AC22%E6%9D%A1

見れば分かる通り、日本という国は経済活動においてかなりの自由が認められている国です。

韓国と違って徴兵制はありませんし、貧困に苦しむ人には生活保護もあるわけですから、「生きる」という点においては、かなり恵まれた国なんです。

ただ、憲法上または法律上、どれだけ自由が保証されていようとも、それはあくまでも「権利」に過ぎないんですね。

権利の使い方がわからず実際にその権利を使わないのであれば、どれだけの権利を与えられていようとそれは「全くない」のと同じです。

だから日本では「過労死」と言う言葉があるのです。

退職するのも自由だし、転職するのも自由なのに、その自由が自分に与えられていることを忘れてしまっているが故に、体の限界を越えてまで働いてしまうのですね。

合理的な選択、非合理的な選択。

ただ、過労死するまで働いた人も、突き詰めて言えば、それは本人にとって「合理的な選択」だったのではないかと思います。

なぜなら心の何処かで「ここしかない、ここが私が手に入れられる一番いい場所なんだ」と思っていたはずなんですよね。

そうでなければ、さっさと退職して次に行けばいいんですよ。

そうしなかったということは目の前の現実が理不尽だと気づかなかったってことです。

「私が手に入れられる一番いい場所」って思ってたはずなんですよ。

新卒一括採用という文化も、その感情を後押ししていますよね。

特に浪人はあまり良くないと言う文化もありますし、社会人が大学に入り直して、大企業から迎え入れられるということも、ほとんどありませんから。

ある意味では「新卒で就職した会社がその人にとってのベスト」という考え方は、否定しようがない事実によって生み出された極めて現実的な物の見方なわけです。

ただ、その「現実」が「過労死」という海外ではありえないような現象をを引き起こす原因となっていることもまた事実なんですね。

絶望の底で。

この矛盾に気づいた時、私は起業しようと思いました。

で、実際に今は起業してます。

ことサラリーマンに関しては、大企業でも出世競争の天井が見えたとか、中小企業だとサービス残業が多くて休みがろくに取れないとか、給料が安いとか足りないとか、色々あると思うのですが、いくら絶望しようと私達が取れる選択肢の数はそう多くはないんですね

転職するか、現職で頑張るか、起業するか、金持ちの恋人を見つけるか。

現実的にはこれぐらいしか選択肢ってないですよ。

で、私は「起業」と言う道を選んだわけです。

ただ、別に起業が唯一絶対の正解というわけではななく、「私にとって一番幸福に慣れそうな選択」だったというだけです。

人によっては転職したほうがいい人もいるでしょうし、現職でもうちょっと頑張ったほうがいい人もいるでしょうし、金持ちの恋人と結婚して養ってもらったほうがいい人もいるでしょう。

起業したいのなら手伝いますよ。