こんにちは、ウシジマです。

今回は共感覚のトレーニング方法について、ですね。

こんなネタに興味を持つあなたもマニアックな人だなーと思いますが、私もかれこれ三年以上トレーニングを続けていまして、それなりの変態なのだと思います。

統計的には1万人に一人が持つと言われる特殊能力ですが、生物学的には赤ちゃんのときはみんな共感覚なのだそうです。

学問の世界や催眠の世界など、情報を扱う高度知的労働には欠かせない能力になってくるかと思いますので、そのあたりも踏まえて解説できればなぁと思います。

何故、そんなものが必要なのか。

能力開発系の記事というのは、既に持っているものを開発するという方向性のものがほぼ全てです。

新しく何かを習得するというのではなく、もともと持っていたけど何らかの理由で抑圧されたものを開放し使えるようにしていく、というのが能力開発です。

語学習得であれ、スポーツの訓練であれ、一定の訓練を積めばできるものであるという前提に立って行われるものです。

共感覚もそのご多分に漏れません。

世に出ている共感覚プログラムは全て、共感覚と言うのは訓練に基づいて習得できるものだという前提に基づいて作られています。

そこで疑問になってくるのが本当にできるのか、そしてどんな意味があるのかということ、です。

習得できても、それによって「いいこと」がなければ習得する価値は全くありませんし、「いいこと」が本当にあったとしても、それが何らかの理由で習得できないのであれば全く意味がありません。

訓練内容と種類の選択によって、その習得可能性が大きく変わってくるのです。

ナレッジワーカーはみんな共感覚者

ナレッジ・ワーカー(knowledge worker)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

経営の神様、ドラッガーが提唱した言葉です。

物理的な労働ではなく、経営や学問、設計や営業と言った、高度な知的作業を仕事としている人たちのことです。

ナレッジ・ワーカーの最大の特徴は収入に上限がないということです。

飲食店のバイトや、アパレル店員、工場勤務の人などは、手と体を動かして仕事をするため、どうしてもそこには肉体的な限界と物理的な限界が、収入の壁としてありますが、知的労働者にはそれがありません。

iphoneを発明すれば誰だってお金持ちになれるわけです。

ナレッジ・ワーカーは設計図を作るだけで、実際の商品は工場の人たちが作ってくれるわけですから、物理的な制限による収入の上限が全く存在しないのです。

知的労働者の形は様々で、経営者やマーケターはては数学者まで、その種類は多岐に及びます。

ただ、そういった世界で何らかの結果を残している人たちは往々にして共感覚者であることが多いです。

高度な専門知識を何か別の感覚に落として考える事ができている人はみな共感覚者です。

音を光で感じたり、数式に体感が伴ったり、エンジンの設計をしているとそのエンジンが動いている所が見えたりと、その形は職業によって違うのですが、目の前の文字や設計図があたかも目の前に存在するぐらいリアルに感じられるという感覚を結果を出せる人は持っています。

野球で言えば来る珠が見える、という感覚でしょうか。

トッププロが言う「ボールが止まって見える」という感覚です。

実際には止まっているわけがないのですが、長い訓練を積むことによって、止まって見えることが本当にあるのです。

そういったプロにしかわからない感覚というものが、多くの分野に存在しています。

そういった感覚を持っている人たちが知的労働者であり、共感覚者なのです。

徹底的に突き詰め一つのことに一万時間以上取り組むこと

1流になるに連れて、他のものを何かに変換するという感覚が徐々に出てきます。

トップ棋士の羽生善治さんの書いた「大局観」や「直観力」という将棋で培った人生の法則が多くのビジネスパーソンに読まれているという不思議な事実もそのためです。

一つのことを突き詰めた先に「全てに通ずる何か」があるということです。

何も羽生さんだけではありません。

野球のイチロー選手やフィギュアスケートの浅田真央選手、ジブリで有名な宮﨑駿さんが多くの人に大きな影響を与えているというのも「全てに通ずる何か」があるからだと思います。

我々一般人も地道に努力を重ねていくことでそういった感覚を少しずつ共有することができるのです。

その先に、成功や豊かさと言ったものがあります。

分かる人にしかわからないからこそ、突き抜けた存在になれるのです。