こんにちは、ウシジマです。

今回は教養と学問、そしてビジネスについて語りたいと思います。

学校の勉強と、社会は違う場所だと主張する人がよくいますが、果たして本当にそうなのでしょうか?

私は違うと思います。

教養がなければ稼げませんし、勉強ができない人が上についても会社全体が不幸になるだけだと思いますよ。

教養がなければ稼げない

教養とは一体何を指すのか。

一般に、独立した人間が持っているべきと考えられる一定レベルの様々な分野にわたる知識常識と、古典文学や芸術など質の高い文化に対する幅広い造詣が、品位や人格および、物事に対する理解力や創造力に結びついている状態を指す。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E9%A4%8A

この文章の意味ってわかりますか?

噛み砕いて言い換えると、目の前の仕事や作業により多くの意味合いを感じながら働けている状態ということです。

学歴の高い人と学歴の低い人が入り混じっている職場にいた人はよくわかると思うのですが、勉強してきた仕事のできる人と勉強と仕事はなんの関係もないと考えている仕事のできる人って、同じことをやっていても仕事の重みが違うんですよね。

勉強してきた人の仕事の価値観は

  • 付加価値
  • 意味

と言ったものに根ざしていますが

勉強なんか関係ないと思っている人の価値観は

  • スピード
  • 形式

と言ったものに根ざしています。

最終的にはどちらも必要なのですが、勉強が関係ないと思っている人は、同じように体を動かして同じような言葉を喋っていれば誰が仕事をしても一緒と思っているケースが非常に多いんですね。

要はマニュアル仕事向きの人材なんです。

さらに言えばマニュアル仕事の相場って、せいぜい年収で500万ぐらいまでですよ。

ある程度大きな企業の現場作業員なんかの年収がこういった人たちの到達できる限界点なんですね。

全く同じ作業をしていても、その作業が全体の中でどういう意味を持つのかという疑問に答えることができなければ、いくら手が早くてもそれ以上の出世は望めないのです。

勉強(学問)の意味

そうすると「勉強」や「学問」の持つ意味と言うのものは実際の利益につながるものだということが分かるはずです。

3年後、5年後、全く同じところからスタートして大きな差が付く原因となっている部分がココなのです。

同じ作業をしていても「潜在能力」が違うのですね。

「伸びしろが違う」と言い換えても良いかもしれません。

全体の中における自分の役割を認識する力を養うために「歴史」や「経済」といったものがものすごく役に立つというわけです。

己を知り彼を知れば百戦危うからず、ですよ。

スポーツとかでも良いと思いますよ。

ある程度のところまで行けば、運動も科学になってきますので。

どの道を選ぶにせよ、その世界の中で上り詰めたいと思うのであれば、学問や教養というのは必須です。

トップのプロの世界では、その人なりの人生観や哲学と言うものを誰もが持っていますからね。

稼ぎたいのなら、勉強は必須ですよ。